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2009-11-05 Thu 02:42
免許ついに来ました^^
![]() 某O阪航空局の不手際(T京航空局から送られた俺の書類を別の書類と紛らして約1月放置)により遅くなってしまった。。。 今年はこれ+身体検査で機長として飛ぶことは出来ないだろうね。。。 本当なら9月中に受け取れてたのに(T_T) これって苦情言ったら何か保証してくれるんかな? あ〜ぁ |
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2009-09-09 Wed 01:35
2009年8月24日
この日を俺はどんな心境で迎えたことか。 その2週間前、期末試験が終わったばかりの俺は焦っていた。 スタートが遅すぎた。 7月のうちに実地試験の日程は決まっていた。 だが、学校の勉強を優先させ、それが終わってから徹底的に実地の勉強をしようと思っていた。 稲塚さんとの久しぶりの再会だったのだが、オーラル対策のほとんど出来ていない俺は稲塚さんとの力の差を実感し、先が不安で仕方がなくなってしまった。 この日から断続的にではあるが、プレハブに泊まり込んでサマトレに参加しつつ勉強をした。 見よう見まねでオーラル対策ノートも作った。 毎晩訓子府の温泉保養センターに行っては「あーーー」とどうしようもない気持ちになっていた。 この苦痛、早く過ぎて欲しくもあり、まだ来ないで欲しくもあり、「うーーー」と言うしかなかった。 ホントにこのときの精神状態はおかしかったと思う。何に対してもイライラしていた。 残り5日を切って、その精神状態は更に追い込まれてゆく。 (まだこれだけしか覚えていないのにもうこれしか時間ないの? 焦りは募り、どうしようもない状態だった。 それと同時に、こんどは天候への心配も出てきた。 24日(月)曇り時々雨、25日(火)曇りのち晴れ 最悪の事態は免れそうだが、「機長の出発前の確認」で気象情報の説明が複雑になるのもイヤだなぁ。 前夜、やはりオーラルが悩みの種だった。 まとめノートも結局不完全な感じだ。 その試験官の過去どんな質問があったかなどを聞いたが、更に不安は増すばかり。 「ここまできたらもうね」そうは言うものの不安で仕方なかった。 そして運命の日。 2009年8月24日 朝からソワソワである。 試験官が到着する予定の11時頃まで、何をしていたんだろう。 たしか飛行規程を読み直したり怪しい雲行きを読んだりしていたかな。 到着予定時刻が刻一刻と近づく。 居ても立ってもいられないというのはまさにこのことだと思った。 本当に定点にいることが出来ない。座ったり立ったり、机の周りをぐるぐる回ってみたり。 稲塚さん曰く「娘が生まれるときもこんなだった」そうである。 最後までオーラルの勉強を続けた。 管理棟の窓からデリカが見えた。こんないやな瞬間は久しぶりだ。始まってしまう。 試験官が降りてきた。挨拶をする。礼儀正しくしていたつもりだが、どうだったか。 そして試験は始まる。 〜ここからはCloseな試験である都合上、実際の心境は書ききれないほどなのだが、簡単に書く〜 まず試験官は稲塚さんにNavigationの地点を与えてルートをつくってくるよう言った。 次に俺の機長の出発前の確認事項が始まる。つっこまれまくって泣きそうだった。 続いてオーラル。ホント泣きそうだった。胃がキリキリなってた。 「じゃ、一旦休憩にしましょうか」オーラルは一時中断となった。稲塚さんが呼ばれて俺は退席した。 出発前の確認は長かったが、オーラルは短かった。聞かれた内容も少なかった。これは後ほど再度だな。 誰もいないプレハブ1階で半泣きで胃を痛めながらつっこまれた箇所を調べた。 精神力も使い果たしていたようで、逆にウトウトするくらいひどい状態にまで追い込まれていた。 汗だくでノータムの読解をしていると加藤教官に呼ばれた。「飛べるかどうか判断して」とのことだった。 オーラル終わってないのに飛ばせてくれるのか。じゃ、切り替えて天気を判断しよう。 俺が下した判断は「飛ばせる」だった。機体をRW10ピストに移動させて機体の飛行前点検を行う。 そして試験官を乗り込ませて説明をして俺も機体に乗り込もうとしていた。 そのときだった。ザーーーー。雨が降り出した。そこでの判断は速かった。「待機にします」 「降りていいんですか?」「はい、お降りください」回収車で管理棟に戻ると雨は更に勢いを増した。 判断は間違ってはいなかった。 試験官はぼそっと「この前長野で同じ状況になって、あのときは機体の中で延々と雨が止むのを待たされまして」うぉーっと、あぶねー。もしあのままだったらお怒りやん。 雨が止み、再開の判断をした。気圧計器類のチェックをして乗り込み飛行を開始。 曳航中に右につく傾向があるねと指摘された。予想より雲は低い。対地1000ftくらいか。予定のコースを取れずに雲間を縫って1500ftまできて離脱。でもこんなんじゃ課目は出来な…お!なんとそこには、滑走路上空付近に1nm四方くらいの雲のないスペースがあるじゃないの!しかも離脱後の位置がちょうど課目を始めるのにいいポジション!なんて幸運なんだと思いながら普段通りに課目をこなした。むしろいつもより1科目多くできたから2回目の飛行が楽に出来る。 接地して停止。2発目に行くかどうか判断するが、さっきより雲が多く見える。試験官曰く「もし低い高度で離脱するならストールは1個でもいいよ」そうか、離脱1000ftならギリギリいけるかも。夢川さんと相談して自由離脱の許可をもらった。 飛行を開始。案の定雲は低い。これ以上行くとVMCは保てない。「離脱高度520(QNH)」さっさとストール終わらしていこう。沈下は少なかったので結局両方のストールは行った。ターニングストールについてバフェットは感じたかどうかと問われたので、感じたと答えた。試験官との会話はその程度だった。 接地後、試験官は着陸後の点検もあまり見ずに管理棟へと戻って行かれた。 管理棟に行くと、試験官のお話が始まった。 「合格です」 え…?…! オーラルは続きが夜以降にあると思ってたから、この言葉には正直びっくりビックリ驚いた。 試験官の講評をメモに取りながら、なぜあんなオーラルで合格だったのかと不思議で仕方がなかったのだが。 このちょうど前年の同日、俺は初ソロに出た。 曳航機パイロットは偶然にも今回と同じ夢川さん。 8月24日 なんだろうこの日は。 そして今日の飛行が不可能な稲塚さんへの気持ちの何とも言えない思いもあって、素直に喜んでいいのかどうなのかわからずに途方に暮れてしまった。 うれしさMAX状態にはならなかった。 翌日、起きたときは高い雲もSCT、低層のFEWも2000ftほどあった。 だんだん活動開始時刻になるにつれて予報に反して雲行きは怪しくなった。 FEWが下がってきた。中高層もBKNになった。海から湿った空気が流れ込んでるらしい。まずい。 稲塚さんは春にも天気に泣かされた。この夏は総選挙の絡みで奇跡的に受験できていた。 祈りとは裏腹に通り雨も降る。4回、5回と何度も機体を拭いた。 そして、なんとか雲は上がってきた。試験官の帰る時間に間に合うギリギリのところで判断は下された。「行きます」そうなってからは不思議と雨は降らなかった。 はじめエアワークを行い、続けて帰投せずにナビゲーションに行った。雲は低く大変のナビゲーションだったらしい。飛行場に帰ってこられた。 管理棟で講評が伝えられているようである。ここまで来たら絶対大丈夫だと確信はしていた。 半泣きの稲塚さんが管理棟から出てきて抱きついてきた。合格だった。 この瞬間、俺の心の不安定も一気に解消された。ホント霧が晴れた。 その後、モグラ前で試験官と教官と4人で記念写真を撮影。 モグラで加藤教官に女満別までお送りいただいた。 本当にいろんな人に支えられてこの大きな目標、夢にたどり着くことが出来た。 感謝の気持ちを忘れずに、初心を忘れず精進したいと思う。 俺らの気持ちを表すかのように、だんだん天気も良くなって、いい青空が広がっていた。 |
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2009-08-28 Fri 21:19
1こ前の日記で書いてた紛失してたお金
でてきたーーーーーーーーー!!!!!! いやー、ほっとした。 |
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2009-07-28 Tue 19:44
これはまずい。。 部活の会計やってて、部費をミーティングで預かっておいたやつの消息がわからなくなってしまった。 その額なんと40KJPY いやー、やばい まずいなぁ 自分で間違えて使ってしまったのか、、、? まさかなぁ さっきから1時間以上ずっと探してるのに見あたらない。。。 この前泊まりに来た友達がパクってった? ないよなぁ さて、困ったもんだ なかったらなかったでどう補填するか 今の俺の財力じゃ補えない my金庫の中身も今月の部費を払えるか払えないかのギリギリライン うーーーーーーん |
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2009-07-28 Tue 01:41
昔のパソコンに入ってた曲を聴きたくなって引っ張り出したけど… 調子がよろしくなくてソフトの立ち上げも出来ないわメモリ不足警告出るわ散々 だからといって著作権保護厳しいOpenMGのファイルをを現役機に移しただけじゃ聴けないし 関係ないけどMAGI Qlipってもう時代終わったらしいし… つまり昔のパソコンの曲は聴けねーのか くそー あのパソコンが現役だった頃にMP3に変換しときゃ良かった |
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